私思累々

映像業界から抜け出せないみそじ

ロメロウィルスは世界の隅々へ「新感染」ヨン・サンホ監督


「ゾンビよりも人間のほうが遥かに恐ろしい」


これを浮き彫りにするためにゾンビは墓の下から蘇ってきたのなんだと「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」を観て、ぼくはロメロ監督から教わった。人を喰うゾンビと、人を平然と足蹴にできてしまう人間だったら、思考がある上でそうする後者の方が絶対に恐ろしい。
ゾンビ映画は、それを描いて初めて真の恐怖を覚えられる。


ゾンビ映画好きなら誰もが知っていることだけど、ゾンビの生みの親である(ゾンビのルールを作った)ロメロ監督は、描く作品ごとにその時代の恐怖をゾンビとその物語に象徴させていた。「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」では公民権運動やカウンターカルチャーを、「ゾンビ」では均一化の進む社会で形骸化していく人々を、「ランド・オブ・ザ・デッド」ではイラク戦争と巨大な格差社会を象徴させ、世界の縮図に仕上げていた。


どの作品でも人間は汚くおぞましく、力で支配しようとする。ゾンビが人を喰うという行為は、搾取のメタファーだ。


「新感染」はそれを踏まえて考えても素晴らしく誠実なゾンビ映画だった。狭い縦長の車両を多くの人が我先にと走る様と、ゾンビが群がって迫ってくる様の違いはほぼない。どっちも本当に嫌。終盤の電車にしがみ付くゾンビの群れは、自分さえ助かればいいと思っている人間の姿とそう変わらない。一部の人間だけが多くの弱者から搾取して大きくなろうとしているのは、韓国だけでなく世界中の普遍的な問題だ。


中でもコン・ユさんが演じた主人公の人物造形は、捻りはないが、作り手のゾンビ映画への敬意が強く伺えた。
冒頭の主人公は言ってしまえばクズだ。私利私欲の塊のようで他者には不寛容。父親としてもどうしようもないダメ人間で、もはや人間性を失ったゾンビのような野郎だった。そんなクソ主人公も、次第に他者を尊重し、利他的な行動を取るようになり、人としても父親としても尊敬できる存在になっていく。(たった一日で!)そして、過去のフラッシュバックの最中で微笑みと共に真に人間らしさを取り戻す。


容赦ない描写と韓国映画らしい激しすぎるパッションがこれほどゾンビ映画とマッチするとは思いもよらず、劇場から出るときはかなりハッピーだった。


愛しのロメロはもういないが、ロメロ大先生が残したロメロウイルスは確実に世界中に感染している。全人類に感染したらきっと世界は今より良くなる。がんばれゾンビたち!